この世に生まれて一度もかからずにその一生を終える人はいないかもしれません。
それが「風邪」という病気。
みなさんも、一度は風邪にかかってお薬をもらったことがあると思います。
今回の記事では、どうして風邪に抗生物質が不要なのか?
そして、不要なのになぜ多くの風邪に抗生物質が処方されているのか?
この二点についてお話したいと思います。
日本国民全体の医療リテラシーを上げる一助になれば幸いです。
もくじ
抗菌剤の効果とは
そもそも抗生剤とはどういったお薬なのでしょう?
抗生剤の主成分は抗生物質です。
抗生物質とは「微生物が産生するもので、ほかの微生物の発育を阻害する物質」のことをいいます。
かなり簡単に説明すると、細菌の増殖を抑えるお薬ということになります。
抗生物質の中ではアレクサンダー・フレミングが1928年に青カビから発見したとされるペニシリンが最も有名です。
これが世界初の抗生物質と言われています。
発見から実用化までに10年もの歳月を要したものの、その後は様々な抗菌剤が開発されることになりま人類の歴史を大きく変えました。
ペニシリンの開発は、20世紀の偉大な発見のひとつとも言われ「奇跡の薬」と呼ばれることもあります。
その特徴としては細菌にのみ効くため、人体の細胞には直接的な毒性がなく、単に化学的な作用で死滅させる殺菌剤や消毒薬とは別物になります。
風邪に抗生剤がいらない理由
皆さんは風邪というとどのような場合を想像しますか?
熱が高いと風邪でしょうか?
それとも咳やのどの痛みが出たら風邪?
数日間続いたら風邪かなと思う方も多いでしょう。
風邪というのは、正式には「感冒」と呼ばれます。
発熱やのどの痛み、せき、鼻水に鼻づまりなど複数の症状がほぼ同時に見られる状態です。
そして、風邪の原因ですが9割がウイルスによるものと言われています。
ウイルスが体内に入り増殖して悪さをしているわけです。
さて、ここで質問です。
抗生物質は、ウイルスに効果があるのでしょうか?
ちょっとだけ、考えてみてください。
ポイントは、ウイルスと細菌は同じなのかという点です。
はい、それでは答えを言いますね。
抗生物質はウイルスには効果がありません。
理由はものすごくシンプルです。
ウイルスというのは「細菌」ではないからですね。
抗生剤がウイルスに効かない詳しい理由については説明が専門的になってしまうこともありここでは割愛させてもらいます。
単純に、ウイルスは細菌ではないから抗生剤は効かないと理解しておけば十分です。
そして繰り返しにはなりますが、風邪の原因の9割はウイルスです。
つまり、ほとんどの風邪に抗生剤はいらないということになります。
なぜ、それでも抗生剤が処方されるのか!?
実は数年前から日本での抗生剤の乱用が問題視されています。
なぜ問題視されているのかというと、抗生剤の乱用によって「薬剤性耐性菌」の増加をまねくことがわかっているからです。
「薬剤性耐性菌」というのは、簡単にいうと抗生剤が効かない細菌のことです。
もしかなり致死率の高い新たな感染症が出てきたときを想定してみてください。
いざというときに、効くと思われていた薬が効かないとそっちの方が困りますよね。
「薬剤耐性菌」の増加を防ぐ目的で、厚生省は2017年に抗菌剤の使用指針である「抗微生物薬適正使用の手引き」を作成しました。
この手引きは、風邪(感冒)に対して抗菌剤を「使わないことを推奨する」としています。
ではなぜそこまで医師にも広く理解されているはずの抗菌剤が、今もなお多く処方されているのでしょうか?
それは医師もまた人であること、そして日本では患者側に間違った認識が浸透していることに原因があります。
病院は医療と言えど、どうしても商売の側面があります。
それが開業医ならなおさらでしょう。
悪い評判は死活問題になりうるので避けたいのは当然です。
そして、風邪と完璧に診断することはベテランの医師でも非常に難しいものです。
風邪の症状というのは、様々な病気の初期症状とよく似ていて判断を誤ると病気の進行を招いてしまいます。
そうなれば、ヤブ医者だと噂を立てられたりして商売としても立ち行かなくなる可能性が出てきてしまいます。
抗生剤はそういった誤診を想定した場合の保険になっているのです。
ボクはある医師から「完全に見切れる自信がないので、不安な患者には抗生剤を処方する」と聞いたことがあります。
この世に完全な人間などいません。
所詮、医師も人でしかないのですから、このようなある種の人間らしい弱さを責めることはできないと思います。
さらにもうひとつ理由があります。
ボク個人としては、これが一番厄介ではないかと思います。
体感としては50代以上の方に多い気がするのですが、抗生剤が処方されていないと不安になる患者さんが一定数おられます。
そういう方というのはボクら薬剤師が「抗生剤は風邪には効きません」という説明をしても、納得していただけないことも多いです。
なかには「抗生剤を飲まないと風邪は治らない」と信じこんでおられる方もいて、これまた大変です。
このような場合、抗菌剤を処方していない医師は不信感を持たれたりもするからです。
勤務している薬局では時間をかけて何度も説明したり、病院に戻ってもらい医師から説得してもらったりしますがそれでもどうにもできない場合もあります。
抗生剤の処方がいまだに多い2つ目の理由というのは、国民全体の誤った認識ということになります。
まとめ
本来、風邪薬というのは治療薬とは呼べないものだと思います。
一般に、風邪薬として処方されるものは、どれも対症療法に過ぎないものだからです。
風邪の治療をしているのは、何を隠そうあなた自身の免疫能力にほかなりません。
風邪をひいた時は何も考えずしっかり休んでもらうのが一番です。
それが本来の風邪の治療です。