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若者は時代に足りないものを求めるようにできている!?

どーも!

ねこじたのヒロです。

 

今回は、

「若者は、常に時代に足りていないものを求めるようにできている」

という話をしたいと思います。

参考文献はこちらです。

ニュータイプの時代 著者:山口 周

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ダイヤモンド社
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ちなみにこの本、「ニュータイプ」と聞いてアニメ「機動戦士ガンダム」を思い浮かべた方であれば、間違いなく読んでおいた方がいいと思います。

なぜなら、その世代こそオールドタイプからニュータイプになるべき世代だからです。

それでは、さっそくいってみましょう。

「最近の若者は草食系で元気がない」という指摘

年長者から若者に対するこの指摘を、みなさんも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?

この言葉については「確かに一理ある」というのがボクの考えです。

いや、一理どころか九理くらいあるかもしんない(笑)

「草食系で」というのは女性に興味がないと言う意味で捉われがちですが、きっとそれだけではないでしょう。

肉食系動物と対比して「がっついていない」というような意味も含んでいる。

じゃあ、なぜ若者は「がっついていない」のでしょう?

そして、いわゆるバブル世代のような「がっつく」必要が本当にあるのでしょうか?

この辺りを、ちょっといっしょに考えてみたいと思います。

なぜ現代の若者は「がっついていない」のか?

この理由はあきらかです。

今の時代の日本には、単純に「モノ」が過剰なまでに溢れかえっているからですね。

 

現在の年長者がまだ若者だった頃というのは、「モノ」が希少でした。

「あれもない、これもない・・・」

だからこそ、

「あれもほしい!これもほしい!」

だったわけなんですね。

だけど現代はどうかといえば、「モノ」があまるほど過剰になってしまっている。

日本の衣・食・住で考えると、年間600万トン以上もの食品ロス(食べられるのに廃棄される食品)、衣類でいえば年間33億着以上捨てられていて、さらに800万戸以上の誰も住んでいない空き家がある。

生まれた頃からほとんど「モノ」がなくて困った経験がないどころか、むしろ余って廃棄されている姿ばかりを見て育ったわけです。

これでは、現代の若者が「草食」になるのも当然だとボクは思います。

自分から取りに行かなくても捨てるほどあるのなら、わざわざ体力使って「がっつく」必要なんてないですよね。

このような状況なら、野生のライオンでも「がっつかなくなる」に違いありません。

今の若者を「がっつかせる」ために必要なもの

次は、これからの時代も本当に「がっつく」必要があるのかという点について考えてみましょう。

先ほど指摘したようなことからも、「モノ」に「がっつく」必要はもはやなくなりました。

というよりも、環境として「モノ」にそれだけの欲求が起きにくくなったわけですね。

しかし人間も動物である以上何かに「がっついている」状況、つまり「飢えている状態」が一番力を発揮できるのは間違いないような気がします。

そして、飢えている状態というのはある意味で幸せではないでしょうか。

その欲求のために必死になっていれば余計な心配事を考える暇はないからです。

「本当はがっつきたいのに、欲求がないからがっつけない」

だから現代の若者は、力を持て余してモヤモヤしてしまっている。

もしかしたら若者だけでなく、働くすべての世代がそうかもしれない。

そんな状況がなんとなく思い浮かぶわけです。

 

それでは、どうすればそんな若者たちを、またはモヤモヤしながら働く人達を「がっつかせる」ことができるでしょう?

 

その答えが、「意味を与える」ということだと著者である山口周氏は主張します。

なぜ「意味を与える」ことががっつくことにつながるのか、それは意味が希少になったからにほかなりません。

現代は「モノ」が過剰で「意味」が希少な時代なのです。

これはつまり、「モノ」よりも「意味」の方が価値が高いということです。

世の中というのは常に、足りないもの、枯渇しているものの価値が高くなります。

市場に「お金」の流通量が増えれば、お金の価値は下がりますよね?

そして、相対的にモノの価値が上がります。これがインフレーションです。

逆に、モノが溢れかえればその価値が下がって、相対的にお金の価値が上がります。これをデフレーションといいます。

現在の日本がデフレを脱却できずにいることからもモノが過剰なことは明らかなわけです。

 

ではなぜ「意味」が希少になったのでしょうか?

高度経済成長が終わり、製造業が減りサービス業が多くなりました。

サービス業というのは何かをしたのに、現実なにも残らないという見方もできます。

つまり、「何のためにこの仕事をしているのか」という文脈が見えづらくなったわけです。

この失われてしまった仕事の「意味」を与えることができる、もしくは見えるかすることができる人こそ新たな時代のリーダーであるニュータイプというわけです。

いつの時代も若者は、「その時代に足りないもの」を求める

それでは、以上のことをまとめてみますね。

まとめ

  • 「モノ」が過剰で「意味」が希少な時代になった
  • だから若者たちは、「モノ」にはがっつかない
  • 枯渇している「意味」を与えれば、若者たちが本気になれる

余談ですが、いつの時代も年長者は未熟な若者を批判していたようです。

古代エジプトの時代から「これだから最近の若者は」というような文脈で書かれた文章が、様々な場所に残されていることがわかっています。

だからね、そういうことを言われたときは、まともに相手せず「うっせー」と心の中で思っておけばいいんじゃないかなと思います。

自分が正しいと思っている意見を他人に押し付けるなんてのは、ただの傲慢でしかありません。

ボクたちは、そんな大人にはならないようにしたいものです。

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